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「海開きの日に海にいない俺、終わってる。」人生でもっとも感動した海のある天草市へ移住

熊本への移住者の暮らしのリアルに迫る「熊本暮らしのリアルとホンネ」。今回は、天草市の高浜の海に惹かれ、天草市への移住を決めた溝口さんに、お話を伺いました。

天草市:熊本県南西部に位置し、周囲を藍く美しい海に囲まれた天草諸島の中心部に位置しています。温暖な気候を活かした農業や、豊かな水産資源を活かした漁業を中心に発展してきました。令和4年7月末現在、36,406世帯75,592人が暮らしています。

天草市ホームページより

溝口 大地さん
鹿児島県出身。アパレル企業入社後、全国を転勤する中で、海のある生活を夢見て移住を決断。求める海のすべてがある天草市に2022年3月に移住。現在は市の移住コーディネーターとして、移住者への支援や天草の魅力を発信する傍ら、趣味であるサップや釣りなどを満喫している。

天草市へ移住した理由は「人生で一番感動した海があったから」

天草市に移住するまでは、転勤族のサラリーマンでした。働く場所はさまざまで、中国地方から関西、その後は愛知県を経て、静岡県へ。

仕事自体は決して嫌いではなかったのですが、7時に起きて出社して、夜は22〜23時に職場を出るという生活で、理想のライフスタイルとは言えませんでした。

僕の地元は鹿児島県の出水市という場所で、それこそ海と山と川しかないような環境で学生時代を過ごしていました。漁港で魚を突いたり、釣りをしたりと、小さい頃からマリンスポーツが生活の一部でした。大人になってからも海で過ごすことが大好きでしたので、休日に海へ行くことを糧に、日々の生活を送っていました。

理想としては、毎日でも海に行きたい気持ちでしたが、勤務時間や海までの距離を考えると、なかなか実現できませんでした。前職では世間の休みの日こそ、かき入れ時でしたので、たとえ海開きの日でも海に行けるはずはなく。「今日、海にいない自分って、もう終わってる」と、毎年思っていましたね(笑)

サラリーマンとして十数年働きましたが、海への気持ちが冷めることがなかったので、移住してライフスタイルを変えることにしました。

いろいろと移住先を探す中で、僕の地元と、パートナーが暮らしている場所の中間地点という理由から、天草市が候補としてあがりました。実際に現地の人にお話を伺って、どこで暮らすかを考えていました。そんな中、天草の移住コーディネーターの方から、「天草には、すごく夕日がきれいな海水浴場が近くにあるよ」と教えてもらったんです。実際に行ってみると、それはもう本当に綺麗な海で。これまで何十ヶ所と海を見てきたのに、こんなに感動したのは初めてというくらい衝撃でした。

もう、ここ以外を選ぶ理由はないということで、天草市への移住を決めました。

週4日の市役所勤務。週3日は海ライフ

天草市に来て、はじめの1ヶ月はDIYをしたり、用もないのに地域の人に話しかけたり、そんなことばかりに時間を費やしていました。あと、家の前の海に潜って、海底の地形をしらみつぶしに調べたりもしましたね。

そんな生活を経て、そろそろ仕事を探そうかなと思っていたとき、家のインターフォンが鳴ったんです。出てみると全く知らないおじさんがいて、「移住してきた男やろ?明日、俺んところの船に乗れ」って言われて。突然のことだったのでとても驚きましたが、どうやら漁の手伝いをしてほしかったようでした。

これ以外にも、近所のおばあちゃんからは「農園の男手が足りないから、うちで働いて欲しい」、近くの酒造さんからは「今年から畑を作る。その一部を溝口君に貸すから、芋作って売ってよ」と、いろんな人から声をかけてもらったんです。他にも、あわせて7つほどのお願いを受けて、「引くてあまた」ってこういうことかと思いました。

当初のやりたいこととは違っていましたが、移住で収入が無くなる不安から、全部話を聞きに行って、全部体験しました。そうすると、どんな仕事でもできますよって認識されちゃって。結果、体はもたないし、何より自分がやりたいことに時間を割けなくなったんです。

そこで、市の移住コーディネーターに相談してみると、「君は真面目すぎるから、少し肩の力を抜いて生きなさい。まずは自分がやりたいことをベースに、自分のペースで仕事をした方がいい。」とアドバイスをもらいました。ただ、そんな都合よく働ける仕事は無いだろうと思っていましたし、実際に移住コーディネーターの人にも「そんな仕事ありますか?」と聞きました。

すると「移住コーディネーターの仕事は、週4日でも働けるよ」と教えていただき、そこからはもう早かったですね。元々、人のためになることをやりたかったですし、週の残り3日は好きなことに充てられますし、「じゃあ僕もやりたいです!」って。タイミングよく、その仕事の募集がかかっていたので、応募することに決めました。

いまは天草市役所に週4日、残りの3日は海で子どもたちにサップを教えたり、インストラクターの資格を取り直したりと、好きなことに時間を充てています。

一日の始まりは、朝風呂ならぬ朝海

僕が住んでいる地域では、朝になると防災無線のチャイムが鳴ります。夏場だと朝6時に鳴るのですが、そのスピーカーが家の真横に立っているので、移住したばかりの頃は、毎朝たたき起こされていました(笑)

今ではすっかり慣れ、朝5時頃に目覚めて、出勤前に海へ行くような生活を送っています。夏の暑い時期にはモリを持ってシュノーケリング、それ以外の時期だと釣りをするんです。海から帰宅して、シャワーを浴びて、市役所に行く準備をするというローテーションが、自分にとって良い習慣になっています。つい先日、大阪に出張へ行く機会があったのですが、その日も海に入ってから、新幹線に乗りました。

今でこそ充実した暮らしを送っていますが、はじめの頃は当然不安もありました。でも、好きなことをやっていると、自然と横のつながりが生まれて、地域の人たちとの関係も濃くなっていくんです

マリンスポーツを楽しめるカフェでお手伝いしていたとき、お店にふらっと来たおじいさんに「お兄ちゃん、いつもおるよな。ここ好きか?」って言われて。「はい、好きです」と答えると、「じゃあ、振興会に入れよ」っていう流れで、海の清掃とか、ライフセイバーみたいな仕事を始めるようになったんです。海に関わる仕事で日当をもらえて、不安も少し解消された気がしました。

目的を達成すること以上に、過程を楽しむ生き方

天草市に来るまで、田舎には頑固で話が通じない人が多いと思っていたので、ご近所付き合いが不安でした。でも実際に来てみると、意外に楽しんでいる自分がいました。

僕がいる集落は、年配の方でもめちゃくちゃ元気でパワフルな人が多いんです。以前暮らしていた地域と比べると、天草市の80歳の人は、都会の働きざかりの人と変わらないんじゃないかっていうくらいパワフルで。日常のちょっとした会話も面白いから、今ではすっかり友達みたいな関係です。すぐ側に住んでいるおばあさんとは、調味料の貸し借りや、ちょっとした買い物も頼まれるような仲になりました。こうしたご近所との人間関係は、良い意味でギャップでしたね。

逆にネガティブな点で言えば、家の中にフナムシが出ることですかね。海が近いので仕方ないんですが、はじめはびっくりしたし、嫌でした。でも、今ではそのフナムシを餌に魚釣りをしているので、すっかり慣れたのかもしれません。

天草市に移住して苦労することもありましたが、目の前に海が広がる場所で、好きなことができている暮らしは幸せです。

これからは、ふたつの仕事に力を入れていきたいと思っています。

ひとつは、天草市への移住者をどんどん増やすこと。ありがたいことに、市の仕事をさせてもらっているので、1人でも多くの人に天草市の魅力を発信して、市外や県外からの移住者が増えてくれると嬉しいですね。

もうひとつは、もともと好きな海の仕事をしっかり生業にすること。海の仕事でちゃんとご飯が食べられるようになって、パートナーを幸せにする。このふたつが僕の大きな目標です。

ただ、どちらも達成したいと思うものの、その過程を楽しむことこそが、一番大切なことだとも思うんです。何か目標を達成して終わるのではなく、それまでの過程をひとつひとつ楽しめば、人とのつながりも生まれますし、関係も濃くなります。だから、目の前の一歩一歩を楽しみながら生きていくことが、地方に移住した僕自身の一番の目標なのかもしれませんね。


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